HPVワクチンは1回でいい」と世界は言い始めた。では、日本の成人男性はどうすればいいのか
- たくや いわさき
- 4月6日
- 読了時間: 6分
「HPVワクチンって、女性のものでしょ?」
もしそう思っているなら、まずその認識から更新したい。日本でもHPVワクチンは男性が接種できる。そして、打つ意味がある。HPVは、男性にも肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんを引き起こしうる。ところが、日本対がん協会の2025年度調査では、HPVワクチンを知っている人のなかでさえ、「男性も接種できる」と認識していたのは39.4%にとどまった。
つまり、日本では「何回打つか」を議論する以前に、「男性も打てる」という事実そのものが、まだ届いていない。
今日は、その壁の向こう側にある話をする。
世界は「1回」へ動いている
2022年12月、WHOはHPVワクチンの推奨を更新し、9〜14歳の女子と15〜20歳の女子・女性に対して、「1回または2回」という選択肢を加えた。従来の多回接種一辺倒からの、かなり大きな転換だった。
そして、この流れをさらに力強く補強したのが、2025年のESCUDDO試験である。コスタリカの12〜16歳女子20,330人を無作為化したこの試験では、1回接種は2回接種に対して非劣性を示し、各群のワクチン有効率は少なくとも97%だった。2026年1月時点で、VIEW-hub / Johns Hopkins集計によれば、HPVワクチンを導入している164か国・地域のうち89か国、つまり54%が単回接種スケジュールを採用している。世界が「まず1回で届く人を増やす」という方向に動いているのは、もう事実だ。
ただし、その「1回」には条件がある
ここで、勢いのまま一般化してはいけない。WHOが第一優先としているのは、あくまで9〜14歳の女子だ。男子や高年齢の女性は、実行可能で費用負担が可能な場合の二次的対象にとどまる。ESCUDDO試験の対象も、12〜16歳の女子だった。
だから、「世界が1回にした」は正しいが、「日本の成人男性も1回でいい」は、まだ言えない。厚労省の2025年審議資料でも、男性接種については承認上の3回接種の有効性エビデンスはある一方、1回または2回接種を支持する直接的エビデンスはないと整理されている。少なくとも4価ワクチンでは、接種後の抗体価が女性のほうが男性より高いとするメタ解析もあり、思春期女子のデータをそのまま成人男性に移し替えるのは、科学として慎重にならざるを得ない。さらに、PMDA掲載資料では45歳を超える成人を対象とした9価ワクチンの臨床試験は実施されていない。
各国はどうしているのか
高所得国の現行スケジュールを眺めると、「若年ほど少回数、成人ほど2〜3回」という構造がはっきりと浮かぶ。
オーストラリアは、免疫が正常で26歳の誕生日より前に接種を開始する人は1回、26歳以上で開始する人は3回。**英国**はやや独特で、通常の思春期プログラムと25歳未満のGBMSM(ゲイ・バイセクシュアル男性等)は1回、25歳以上のGBMSMは2回、免疫不全やHIVでは3回。カナダは、NACIの推奨として9〜20歳は1回、21〜26歳は2回、27歳以上も共有意思決定のもとで2回が選択肢になる。**米国**はまだ移行期で、CDCの成人スケジュールでは15歳未満開始2回・15歳以降開始3回・27〜45歳は共有意思決定という従来の枠組みが残る一方、2026年1月のHHS/CDC発表では小児・思春期のHPVワクチンを1回化するとした(ただし、この変更はACIPの通常プロセスを経ておらず、AAP〔米国小児科学会〕は公式に反対声明を出している)。
つまり、「成人男性はどこでも3回」という国際的一枚岩は、もう崩れている。
日本の現在地
日本でもHPVワクチンは男性が接種できる。2025年8月にシルガード9(9価ワクチン)の男性への適応拡大が正式承認された。PMDA掲載の現行資料では、接種対象は「9歳以上の者」で、15歳未満で開始すれば2回、15歳以上で開始すれば3回だ。一方で、全国一律の男性定期接種はまだ導入されておらず、厚労省はなお男性定期接種化の検討を続けている段階にある。定期接種の対象外で受ける場合は、原則として任意接種・自己負担になる。
さらに重要なのは、制度とエビデンスのあいだにギャップが残っていることだ。厚労省の2025年資料では、男性接種で比較的しっかりしているのは肛門がんと尖圭コンジローマの予防効果であり、中咽頭がんや陰茎がんの予防効果については直接エビデンスが限られる、と整理されている。接種回数についても、男性の1回または2回接種は「承認外の用法・用量」をめぐる課題として位置づけられている。
私の考え——「まず0回を抜け出す」
ここからは、臨床医としての私見を述べる。
現時点で、日本の成人男性に「正解の回数」を言い切るのは難しい。成人ではすでにHPVに曝露している可能性が高く、ワクチンは既存の感染や病変を治療しない。だから若年層ほどの利益は見込みにくい。一方で、27〜45歳でも将来新たなパートナーとの性接触が見込まれるなど新規感染リスクがある人では利益がありうるため、米国CDCはこの年齢帯を共有意思決定の対象としている。
そのうえで、私は「3回が無理なら0回のままでいい」とは思わない。
日本の承認上の標準は、15歳以上で開始するなら3回だ。だが、費用と通院のハードルが高い日本の現実では、その標準が「じゃあ、やめておこう」につながるなら、それは本末転倒でもある。
だから私の立場はこうだ。成人男性も、少なくとも1回は接種を真剣に検討してほしい。そして余裕があれば、2回を目指す。
もちろん、成人男性の1回接種が将来のがんリスクをどこまで下げるかを直接示したデータは、まだ十分ではない。「1回で安心」とは言わない。ただ、「0回のまま終わる」よりは確実にましだ。現実の運用として2回を採る国が複数あることを踏まえると、少なくとも「3回以外は全部非科学」と切り捨てるのは、かえって接種の機会をつぶす。
大切なのは、完璧な回数にこだわって手が止まることではなく、まず一歩を踏み出すことだ。
論点を整理する
第一に、成人男性は打つべきか。
ワクチンは既存感染を治療しない。しかし、新たなHPV感染のリスクが今後ありうる人では、利益が残っている。だから各国は、成人への一律推奨ではなくても、共有意思決定や高リスク群での接種を残している。
第二に、何回打つか。
日本の承認上の標準は3回だが、海外では成人でも2回を採る制度がある。1回については、エビデンスの中心が思春期女子であり、日本の成人男性を直接支えるデータはまだ薄い。
第三に、誰がもっとも恩恵を受けるか。
MSMは別枠で推奨されることが多く、英国ではGBMSMプログラムが明確に組まれている。免疫不全者やHIV感染者では、WHOも各国も少回数化に慎重で、最低2回、可能なら3回を維持している。「成人男性」とひと括りにせず、リスク層ごとに考える必要がある。
「3回が科学で、1回が非科学」ではない
この議論の本質は、「3回が正しくて1回が間違い」という単純な対立ではない。どの年齢層に、どのリスク層に、どこまでのエビデンスで、何回を標準に置くか——そこが問われている。WHOが1回化へ舵を切ったのも、ESCUDDOがその流れを補強したのも事実だ。しかし、その科学的土台の中心は思春期女子であって、日本の成人男性1回接種をそのまま正当化するには、まだ足りない。
だから現時点で、日本の成人男性に対する公式な答えは「承認に沿えば3回」になる。
それでも、認知の壁と費用の壁が同時に接種を妨げている日本の現場では、「どうすればより多くの男性が現実に接種できるか」という政策議論を、もう避けてはいられない。大事なのは、1回を過剰に礼賛することでも、3回以外を非科学と切り捨てることでもない。エビデンスの射程を見極めながら、接種できる人を一人でも増やす方向で考えることだ。
主要参考文献
- Kreimer AR, et al. N Engl J Med. 2025;393(24):2421-2433. DOI: 10.1056/NEJMoa2506765. PMID: 41337735.
- WHO. Human papillomavirus vaccines: WHO position paper, December 2022 / WHO news update, 20 Dec 2022.
- 厚生労働省「HPVワクチンの男性接種に係る検討課題について」(第31回ワクチン評価に関する小委員会資料)。
- PMDA掲載資料「シルガード9 適正接種の手引き」。
- 日本対がん協会「HPVワクチン男性接種に関する調査報告(2025年度)」。
- VIEW-hub / Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health「Single-Dose HPV Vaccination」。



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