HPVワクチンの効果と課題:予防できるがんを、どう届けるか【2026年版】
- たくや いわさき
- 2 日前
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※この記事は、2026年6月時点の公的情報と主要論文に基づいています。
「予防できるがん」と言われながら、日本では今も毎年多くの人が子宮頸がんと診断されています。
国立がん研究センターのがん統計では、子宮頸がんは2023年に10,457例診断され、2024年に2,751人が亡くなっています。元データは、罹患については全国がん登録、死亡については人口動態統計です。
子宮頸がんの発生には、ヒトパピローマウイルス、HPVが深く関わっています。厚生労働省は、子宮頸がんの患者さんの90%以上でHPVが見つかること、HPVが長期にわたり感染することでがんになると考えられていることを説明しています。
ただし、HPVに感染したら必ずがんになるわけではありません。多くのHPV感染は自然に消失します。問題になるのは、一部の高リスク型HPVが長く感染し続け、細胞の異常、前がん病変、さらに浸潤がんへ進んでいく場合です。
子宮頸がんは、ワクチンでHPV感染のリスクを下げ、検診で前がん病変や早期がんを見つけることができます。つまり、打つべき手はあります。
問題は、それが十分に届いていないことです。
この記事では、HPVワクチンの効果、安全性、日本の制度、そしてこれからの課題を整理します。特に強調したいのは、議論の中心がすでに「HPVワクチンは効くのか」から、効果が確認されている予防手段を、どうやって必要な人に届けるかへ移っているという点です。
HPVとは何か
HPVは、皮膚や粘膜に感染するウイルスです。200種類以上が知られており、そのうち少なくとも15種類は子宮頸がんに関係する「高リスク型HPV」とされています。
HPVは子宮頸がんだけでなく、中咽頭がん、肛門がん、腟がん、外陰がん、陰茎がんなどにも関係します。つまり、HPVは女性だけの問題ではなく、男女を問わず複数のがんや疾患に関わるウイルスです。
HPVワクチンは、この入口であるHPV感染を予防するためのワクチンです。
HPVワクチンはどのくらい効くのか
現在、日本の公費接種で使われているのは、9価HPVワクチン、シルガード9です。
9価HPVワクチンは、HPV16、18、31、33、45、52、58型の感染を防ぐことで、子宮頸がんの原因の80〜90%を防ぐと厚生労働省は説明しています。
ここで注意したいのは、「80〜90%を防ぐ」とは、子宮頸がんを完全にゼロにするという意味ではないことです。すべての高リスク型HPVを防ぐわけではありません。そのため、ワクチンを接種した人も子宮頸がん検診は必要です。
有効性については、複数のレベルでエビデンスがあります。
まず、RCTをまとめたCochraneレビューでは、15〜26歳で接種した女性において、HPVワクチンが子宮頸がんの前がん病変を予防するという高い確実性のエビデンスがあるとされています。
さらに近年は、実社会の大規模データでも効果が確認されています。
英国の大規模研究では、12〜13歳でHPVワクチン接種機会を提供された世代で、子宮頸がんの発生率が84%、CIN3、つまり高度前がん病変が94%低下していました。また、2020年半ばまでに、687例の子宮頸がんと23,192例のCIN3が予防されたと推計されています。
スコットランドからも重要なデータが出ています。12〜13歳でHPVワクチンを接種した女性では、調査期間中に浸潤子宮頸がんの症例が確認されなかったと報告されています。
さらに2026年には、スウェーデンの全国コホート研究で、4価HPVワクチン接種後、最大18年の追跡において浸潤子宮頸がんリスクが低下し、効果の明らかな減弱は認められなかったと報告されています。
ただし、ここは丁寧に整理する必要があります。英国やスコットランドの初期の実データは、主に2価ワクチン時代のデータです。日本で現在、公費接種として使われている9価ワクチンそのものの長期浸潤がんデータとは、ワクチンの種類や制度が異なります。
それでも、2価、4価、9価という違いを超えて、HPVワクチンが「HPV感染を減らす」「前がん病変を減らす」「浸潤子宮頸がんを減らす」という方向のエビデンスは積み上がっています。議論はすでに、「効くかどうか」から「どう届けるか」に移っています。
2026年時点の日本の制度
2026年時点で、日本のHPVワクチン制度には重要な変更があります。
小学校6年生から高校1年生相当の女子は、予防接種法に基づく定期接種として、公費でHPVワクチンを受けることができます。2026年4月から、公費で受けられるHPVワクチンは9価ワクチン、シルガード9のみになりました。
接種回数は、1回目を受ける年齢によって変わります。
1回目を15歳になるまでに受ける場合は、合計2回です。標準的には、1回目から6か月あけて2回目を接種します。1回目を15歳になってから受ける場合は、合計3回です。標準的には、1回目、2か月後、6か月後のスケジュールです。
ここは実務上、非常に重要です。
15歳未満で接種を開始すれば、原則2回で完了できます。
これは、本人にとっても保護者にとっても、通院回数、日程調整、心理的負担を減らせるという意味があります。医学的な情報だけでなく、「早く始めると負担が少ない」という情報も、接種行動には大きく関わります。
一方、以前大きな論点だったキャッチアップ接種は、現在は終了しています。
HPVワクチンのキャッチアップ接種は、2022年4月から2025年3月31日までに1回以上接種することが条件で、1回目の接種は2025年3月31日で終了しました。また、1997年度生まれから2008年度生まれの女性で、2025年3月末までに1回以上接種した人が残りを公費で受けられる経過措置も、2026年3月末で終了しました。
したがって、2026年6月時点でのメッセージは、
「キャッチアップ接種を急ぎましょう」ではありません。
現在の中心課題は、定期接種対象の世代が接種機会を逃さないことです。
定期接種の対象年齢を過ぎても、任意接種としてHPVワクチンを受けることは可能です。ただし、その場合は予防接種法に基づく定期接種、公費接種の対象ではないため、接種費用は原則として全額自己負担になります。
日本の接種率は、まだ十分ではない
日本では、2013年6月からHPVワクチンの積極的勧奨が一時的に差し控えられました。その後、2021年11月に専門家評価を踏まえて差し控え状態を終了することが妥当とされ、2022年4月から個別勧奨が再開されています。
この間に、接種機会を逃した世代が生じました。
2024年にJAMA Network Openに掲載された日本の研究では、1994〜1999年度生まれのHPVワクチン接種率は53.31〜79.47%だった一方、2000〜2010年度生まれでは0.84〜25.21%と、極めて低い水準だったことが示されています。
その後、キャッチアップ接種などにより一定の回復はありました。しかし、十分とは言えません。
厚生労働省資料によると、2025年度上半期までの累積初回接種率は、2009年度生まれで53.9%、2010年度生まれで34.8%、2011年度生まれで31.5%、2012年度生まれで14.4%、2013年度生まれで4.3%でした。これはあくまで「初回接種率」であり、完了率ではありません。
WHOは、子宮頸がん排除に向けて「90-70-90目標」を掲げています。2030年までに、15歳までの女子の90%がHPVワクチン接種を完了し、女性の70%が35歳と45歳で高性能な検診を受け、前がん病変または浸潤がんと診断された人の90%が適切な治療を受ける、という目標です。
この目標と比べると、日本の接種率にはまだ大きな距離があります。
また、日本のHPVワクチン接種率低下の影響については、モデル研究もあります。Lancet Public Healthに掲載された研究では、日本のHPVワクチン危機により、将来的に子宮頸がんによる死亡が約5,000人増える可能性があると推計されました。これはあくまでモデル研究であり、確定した未来ではありません。それでも、制度の空白や接種率低下が長期的な健康被害につながりうることを示す重要な警告です。
安全性をどう伝えるか
HPVワクチンについては、有効性だけでなく、安全性の説明が欠かせません。
接種後に起こりうる主な副反応には、接種部位の痛み、腫れ、赤み、発熱、頭痛、失神などがあります。HPVワクチンは筋肉注射であり、接種部位の痛みは比較的よく見られます。厚生労働省は、接種部位の疼痛は50%以上の頻度で発生すると説明していますが、多くの場合は数日程度でおさまります。
CDCは、米国で1億3,500万回以上のHPVワクチンが供給され、安全性を示すデータが蓄積されているとしています。主な報告は、接種部位の痛み、発赤、腫れ、めまい、失神、吐き気、頭痛などです。アナフィラキシーは非常にまれで、米国では100万回あたり3件と報告されています。
WHOのワクチン安全性諮問委員会も、HPVワクチンについて継続的に安全性を評価しており、2006年の承認以降、2億7,000万回以上の接種データを踏まえて評価を行っています。アナフィラキシーは約100万回あたり1.7件、失神は注射に伴う不安やストレス反応として整理されています。
一方で、ここで大切なのは、「因果関係は証明されていない」とだけ言って終わらせないことです。
接種後に体調不良を訴える人がいることは事実です。厚生労働省も、HPVワクチン接種後に広い範囲の痛み、手足の動かしにくさ、不随意運動などを中心とした「多様な症状」が報告されていることを説明しています。そのうえで、さまざまな調査研究が行われているものの、ワクチン接種との因果関係があるという証明はされていない、と整理しています。
医学的な因果関係の評価と、実際に症状で困っている人への診療・支援は、別の解像度の問題です。
医療者が避けるべきなのは、
「因果関係が証明されていないなら問題ない」
という雑な整理です。
より正確には、こうです。
現時点の大規模データでは、HPVワクチンと重い慢性症状とのあいだに一貫した因果関係は示されていない。一方で、接種後に症状を訴える人には、症状の有無や困りごとに応じた診療と支援が必要である。
厚生労働省も、接種後に気になる症状が出た場合は、まず接種を行った医療機関などの医師に相談すること、また都道府県ごとに協力医療機関が設置されていることを案内しています。
そして、HPVワクチンは強制ではありません。厚生労働省は、接種は本人の意思に基づくものであり、接種を望まない人に強制するものではないと明記しています。
公衆衛生として接種を勧めることと、個人の身体的自律性を尊重することは、対立させるべきではありません。
必要なのは、効果、リスク、接種しない場合のリスク、相談先を同じテーブルに並べることです。
課題は「知識不足」だけではない
HPVワクチンの接種率が上がらない理由を、「正しい情報が届いていないから」とだけ考えると、問題を単純化しすぎます。
もちろん、情報は重要です。しかし、実際の接種行動には、もっと細かい障壁があります。
予約が面倒。
どこで受けられるかわからない。
1回目を打ったあと、2回目を忘れる。
副反応が不安だが、誰に聞けばいいかわからない。
平日に子どもを連れて行く時間がない。
自治体からの通知を読んでも、結局どう動けばいいかわからない。
こうした小さな摩擦が積み重なると、接種率は上がりません。
英国では、HPVワクチンは12〜13歳相当のYear 8の男女に学校で提供されています。スコットランドでも、11〜13歳のS1生徒に対し、学校ベースの予防接種プログラムとしてHPVワクチンが提供されています。
一方、日本では、予防接種法に基づく接種は各市区町村が地域の実情に合わせて実施しており、対象者や保護者が通知を受け取り、医療機関を探し、予約し、複数回の接種スケジュールを管理する形になりがちです。
この差は大きいです。
接種率を上げるには、「説明を増やす」だけでは足りません。
予約しやすくする。
忘れにくくする。
不安を相談しやすくする。
途中で脱落しにくくする。
この医療サービス設計が必要です。
医療機関側でできることは、かなり具体的です。
HPVワクチンの案内ページをわかりやすく整える。
対象年齢、接種回数、接種間隔、公費対象かどうかを一目で確認できるようにする。
WEB予約で「HPVワクチン」の枠を選びやすくする。
1回目の接種時に、2回目または3回目の目安時期をその場で伝える。
可能なら次回予約まで取る。
接種後の注意点を紙やメッセージで渡す。
接種後に気になる症状が出たときの相談先を明記する。
これは単なる事務作業ではありません。
予防医療の一部です。
人は、重要だとわかっていても、面倒で、怖くて、先送りします。
だからこそ、医療機関は「正しい説明をする場所」だけでなく、行動のハードルを下げる場所である必要があります。
男性接種について
HPVは女性だけの問題ではありません。
HPVは、子宮頸がんだけでなく、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がん、尖圭コンジローマなどにも関係します。
日本でも、2025年8月に9価HPVワクチン、シルガード9について、肛門がんとその前駆病変、男性での尖圭コンジローマの予防の適応追加、そして9歳以上の男性への接種対象拡大が承認されました。
ただし、2026年6月時点で、厚生労働省Q&A上、予防接種法に基づく定期接種として公費接種の対象に明記されている中心対象は、小学校6年生から高校1年生相当の女子です。
男性への接種をどのように制度化するかは、今後の政策課題です。
男性本人のHPV関連疾患の予防、女性への間接的な予防効果、費用対効果、自治体助成の公平性など、検討すべき論点は多くあります。
少なくとも、HPVを「女性の子宮頸がんだけの問題」として扱う時代ではなくなっています。
ワクチンを打っても、検診は必要
HPVワクチンは有効ですが、すべての子宮頸がんを防ぐわけではありません。
そのため、ワクチンを接種した人も、子宮頸がん検診は必要です。厚生労働省も、子宮頸がん検診とワクチンはどちらも有効な予防方法であり、ワクチンはすべての高リスク型HPV感染を予防できるわけではないため、検診も定期的に受けることが重要だと説明しています。
日本では、20歳以上の女性に対して、2年に1回の子宮頸部細胞診が推奨されてきました。さらに2024年4月からは、実施体制が整った自治体において、30歳以上の女性に対して5年に1回のHPV検査単独法も選択可能になっています。HPV検査で陽性、細胞診で異常なしとなった場合には、1年後に検診を受けることになります。
ここにもシステム設計の課題があります。
ワクチンを打った世代が成人したあと、どう検診につなげるか。
接種機会を逃した世代に、どう検診の重要性を届けるか。
HPV検査単独法で陽性となった人を、1年後の追跡検査にどう確実につなげるか。
子宮頸がん予防は、ワクチン単独では完結しません。
ワクチン、検診、追跡、治療までを一つの流れとして設計する必要があります。
1回接種の研究も進んでいる
世界的には、HPVワクチンの1回接種に関する研究も進んでいます。
2025年にNew England Journal of Medicineに発表されたESCUDDO試験では、1回接種が2回接種に対して、HPV16/18感染予防で非劣性を示しました。この研究では、2価ワクチンだけでなく、9価ワクチンについても評価されています。
WHOも、9〜14歳の女子に対して、HPVワクチンを1回または2回接種することを推奨の選択肢として示しています。
これは特に、低・中所得国で接種機会を広げるうえで重要です。接種回数が少なくなれば、費用、物流、通院負担を下げられ、より多くの人にワクチンを届けられる可能性があります。
ただし、日本の定期接種では、現時点で15歳未満は原則2回、15歳以上は3回というスケジュールです。
したがって、日本の診療現場で「1回でよい」と案内する段階ではありません。実際の接種では、日本の制度、添付文書、自治体の案内に従う必要があります。
これから必要なこと
HPVワクチンをめぐる議論は、すでに「本当に効くのか」という段階から、「どう届けるか」という段階に入っています。
これから必要なのは、主に4つです。
第一に、定期接種対象者への確実な情報提供です。
小学校6年生から高校1年生相当の女子に、自治体、学校、医療機関からわかりやすく情報を届ける必要があります。特に、15歳未満で開始すれば原則2回で完了できることは、保護者に伝える価値があります。
第二に、接種行動を妨げる摩擦を減らすことです。
予約しづらい、日程を忘れる、どこに相談すればいいかわからない。こうした小さな障壁が、接種率を下げます。WEB予約、次回接種リマインド、接種後相談窓口の明示は、予防医療の一部です。
第三に、安全性への不安を軽視しないことです。
大規模データではHPVワクチンの安全性は支持されています。一方で、接種後に症状を訴える人への診療と支援は必要です。科学的評価とケアの提供を対立させてはいけません。
第四に、検診との接続です。
ワクチンを打った人も検診は必要です。接種機会を逃した世代には、検診がさらに重要になります。ワクチンと検診を別々の制度としてではなく、一つの子宮頸がん予防戦略として扱う必要があります。
まとめ
HPVワクチンは、子宮頸がん予防において重要な公衆衛生介入です。
RCT、系統的レビュー、そして英国、スコットランド、スウェーデンなどの実社会データは、HPVワクチンがHPV感染、前がん病変、そして浸潤子宮頸がんを減らす方向に働くことを示しています。
日本でも、2022年に積極的勧奨が再開され、2026年4月からは公費接種のHPVワクチンが9価ワクチンに一本化されました。
土台は整ってきました。
残る課題は、届け方です。
学校での接種、自治体からの通知、医療機関での説明、WEB予約、接種スケジュール管理、接種後相談、検診への接続。
これらをバラバラに扱うのではなく、一つの予防システムとして設計する必要があります。
接種率を上げること自体が目的ではありません。
目的は、将来、子宮頸がんで苦しむ人、亡くなる人を減らすことです。
HPVワクチンをめぐる議論は、
「効くかどうか」から、
「どう届けるか」へ。
そして、
「情報を伝える」から、
「行動しやすい仕組みをつくる」へ。
そこまで進めてはじめて、子宮頸がんを本当に「予防できるがん」に近づけられるのだと思います。
私たちのクリニックでも、HPVワクチンは単に「接種できます」と掲げるだけでは不十分だと考えています。大事なのは、対象者が迷わず予約でき、接種間隔を忘れず、接種後に不安があれば相談できる導線を作ることです。予防医療は、正しい情報だけでなく、行動しやすい仕組みで支える必要があります。
参考文献・出典
* 国立がん研究センター がん情報サービス「子宮頸部 がん統計」
* 厚生労働省「HPVワクチンに関するQ&A」
* 厚生労働省「HPVワクチンのキャッチアップ接種について」
* WHO Cervical Cancer Elimination Initiative.
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