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肥満症治療:誰が対象で、どう治し、何に気をつけるか(2025年版)

最初に要点


• 保険適用の線引きは明確:「BMI≧35」または「BMI≧27+肥満関連健康障害2項目」かつ高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれかを有し、生活療法で十分な効果がない場合。投与は最適使用推進GLに沿って。  


• 注射薬はウゴービ(セマグルチド)/ゼップバウンド(チルゼパチド)。用量は4週ごとの漸増が原則。RCTではセマグルチド −14.9%(68週)、チルゼパチド 〜−21%(72週)、直接比較でもチルゼパチド優越(−20.2% vs −13.7%)。 


• 中止後のリバウンドは実証的:セマグルチドは中止1年で平均11.6ポイント再増加。継続か、止めるなら維持プランを先に設計。 





1. だれが対象?(日本の定義と「保険の線」)


• JASSOの診断


日本ではBMI≧25を「肥満」、さらに肥満関連健康障害を有する、または内臓脂肪面積100 cm²以上なら「肥満症」。 


• 注射薬の保険適用条件(最適使用推進GL)


生活療法で十分な効果が得られず、高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれかを有し、


① BMI≧27かつ肥満関連健康障害2項目、または② BMI≧35。施設要件・運用はGL準拠。  


• 院内の現実運用(自費診療)


保険線は上記の通りですが、自費では医師の裁量で肥満症の診断が成立すればウゴービ/ゼップバウンドを処方(患者さんと適応外/費用対効果/安全性を十分合意)。※最適使用GLや安全情報の順守は必須。関連の留意事項通知あり。 



肥満関連健康障害の代表例:耐糖能異常・脂質異常・高血圧・NAFLD・OSAなど(JASSO)。 





2. どの薬をどう使う?(用量・効果・比較)



◯ウゴービ(セマグルチド)


• 用量:0.25 → 0.5 → 1.0 → 1.7 → 2.4 mgへ4週ごとに漸増、以後2.4 mg/週で維持。 


• 効果(STEP 1):−14.9%(68週)の体重減少(NEJM 2021, n=1961)。PMID: 33567185, DOI: 10.1056/NEJMoa2032183。  



◯ゼップバウンド(チルゼパチド)


• 用量:2.5 mg開始、4週ごとに2.5 mg刻みで通常10 mg/週へ。忍容性や効果で最大15 mg/週まで調整可(GL本文)。 


• 効果(SURMOUNT-1):用量依存で〜−21%(72週)。PMID: 35658024, DOI: 10.1056/NEJMoa2206038。  


• 直接比較(SURMOUNT-5):−20.2% vs −13.7%でチルゼパチド優越(72週)。PMID: 40353578, DOI: 10.1056/NEJMoa2416394。  



◯マンジャロ(チルゼパチド)


• 効能効果は日本では2型糖尿病のみ。肥満症への保険適用なし。 



実務ポイント:初期量で「食欲低下の実感」が乏しければ、漫然継続せずに、忍容性と効果(体重・腹囲・随伴疾患)を見て4週単位で増量/維持/減量/切替を共同意思決定。





3. 増量の考え方(原則と例外)


• 「食欲低下が乏しい=増量しない」ではなく、副作用の許容と臨床効果を天秤にかけ、4週ごとに最適化。GLは漸増設計を前提にしている。  





4. 生活介入は“車の両輪”


• 身体活動:WHO 2020は中強度150–300分/週または同等の高強度に加え、筋トレ週2回以上を推奨。  


• たんぱく質:1.2–1.6 g/kg/日(腎機能で調整、必要なら調整体重で算出)で筋量維持と満腹感を両立(実務ガイド+総説)。  



実装コツ:全部やろうとしない。「何を続けられるか/何を我慢できるか」で小さく開始→習慣化。続けられない戦略は無効。





5. 安全性と“落とし穴”(必読のチェックリスト)


• 消化器症状(悪心・嘔吐・下痢・便秘)は導入期に多い。 


• 胆石・胆嚢炎、膵炎:症状出現時は評価・中止を検討。  


• 脱水→急性腎障害:嘔吐・下痢時は補水と一時休薬も視野。 


• 糖尿病性網膜症の悪化:糖尿病合併例では眼科フォロー。 


• 低血糖:他剤(インスリン・SU)併用時に注意。 


• 甲状腺関連:MTC/MEN2に関して国内資料では「安全性未確立」。一方、米国ラベルはC細胞腫瘍の警告あり。  


• 妊娠:


• ウゴービ:妊娠予定の2か月前には中止(長い半減期のため)。  


• ゼップバウンド:投与中および最終投与後1か月は避妊を説明。妊娠判明時は中止。  





6. 中止とリバウンド(「やめ方」を先に決める)


• STEP 1延長解析:中止1年で11.6ポイント体重が再増加、改善した代謝指標も基準へ回帰する傾向。PMID: 35441470, DOI: 10.1111/dom.14725。 


• 実務:継続か、中止するなら運動・食事・睡眠・フォロー頻度を先に合意。月1回の診察は習慣化の強い支えになります(当院方針)。





7. 外来運用テンプレ(例)


1. 初回:診断(JASSO基準)、既往薬、妊娠可能性・眼科歴・胆嚢/膵歴をチェック。開始量説明と副作用対処(嘔吐・脱水時の一時休薬)。  


2. 4週ごと:体重・腹囲・症状で増減量を共同意思決定。


3. 生活介入:WHOの150–300分/週+筋トレ、たんぱく1.2–1.6 g/kg/日を小さく導入→継続。  


4. 妊娠対応:セマグルチドは2か月前、チルゼパチドは1か月前ルールを繰り返し確認。  





8. よくある誤解と接種理論(誤情報への“予防接種”)


• 「注射だけで痩せる」→誤り。薬は食欲調整の“補助輪”。運動・食事の併用で最大効果。 


• 「止めても維持できる」→多くは再増加。中止計画の有無が分かれ目。 


• 「安全性は同じ」→剤でプロファイル差。胆嚢・膵・網膜症など個別の弱点を事前に共有。 


• 「妊娠時も続けてOK」→中止推奨(時期は薬で異なる)。  


• 「マンジャロで肥満を保険投与できる」→日本では不可(肥満はゼップバウンドが対象)。 


まとめ


線引き明確化(保険) → 4週漸増+個別最適化 → 生活介入の継続 → 安全管理(妊娠・胆嚢・膵・腎・眼) → “やめ方”も最初に。


この運用が最大効果と安全性への近道です。


仕上げの一言



薬は“食欲のブレーキ”、運動と食事は“エンジンとハンドル”。


どれか1つでは遠くへ行けません。月1回の外来で、一緒に“無理なく続く設計”を磨いていきましょう。




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参考文献(一次情報・主要)


• JASSO基準:日本肥満学会ガイドライン/JASSOレビュー(2024)。  


• 最適使用推進GL:


• ウゴービ(セマグルチド):令和5年11月作成。妊娠2か月前中止。 


• ゼップバウンド(チルゼパチド):令和7年3月作成。投与中・最終投与後1か月避妊。  


• STEP 1:Wilding JPH, NEJM 2021; PMID 33567185, DOI 10.1056/NEJMoa2032183。 


• SURMOUNT-1:Jastreboff AM, NEJM 2022; PMID 35658024, DOI 10.1056/NEJMoa2206038。 


• SURMOUNT-5:Aronne LJ, NEJM 2025; PMID 40353578, DOI 10.1056/NEJMoa2416394。 


• 中止後リバウンド:Wilding JPH, Diabetes Obes Metab 2022; PMID 35441470, DOI 10.1111/dom.14725。 


• WHO 2020運動ガイドライン:Br J Sports Med 2020; DOI 10.1136/bjsports-2020-102955。 


• タンパク質推奨:AHS Nutrition Guideline(1.2–1.6 g/kg)、総説(1.2–1.6 g/kg)。  


• ラベル安全性(米国):Wegovy(妊娠2か月前中止、DR注意等)、Zepbound(妊娠で中止)。 






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